『滅亡と絶望』、またはプーチンの超時空戦争【佐藤健志】 |BEST TiMES(ベストタイムズ)

BEST TiMES(ベストタイムズ) | KKベストセラーズ

『滅亡と絶望』、またはプーチンの超時空戦争【佐藤健志】

佐藤健志の「令和の真相」51

異次元の地球「アース66.9」では文明が滅んでいた

 

◆異次元世界のロシア兵

 アレックス・ウェスリー作品の特徴は、血みどろのグロテスク描写、いわゆる「ゴア」へのこだわり。

 作品リストを見ても『ZOMBIE INFECTION(ゾンビ感染)』『FREAK IN THE BASEMENT(地下室の化け物)』、『TRILOGY OF BLOODY GUTS』(血みどろ臓物三部作)と、いかにもというタイトルが並んでいます。

 各国のホラー映画マニアの間では知る人ぞ知る存在で、過去の作品にはアメリカや日本で発売されたものも。

 

 『滅亡と絶望』は、初めてプロのスタッフと組んだ自信作とのことですが、本国ロシアのほか、カナダでも正式に上映された模様。

 わが国でも監督本人による自家製のDVD—Rが、新宿の専門店「ビデオマーケット」で販売されていました。

 ただしウクライナ戦争が始まっていらい、諸般の事情で入荷ができなくなり、現在は取り扱っていません。

 台詞はロシア語と英語で、ロシア語の部分には英語字幕が入ります。

 

 ではこの映画、いかなる内容か?

 舞台となるのは「アース66.9」という異次元の地球です。

 ここにわれわれの世界から、スピリドノフとシシュキン(通称「コンバット」)というロシア人兵士が送り込まれる。

 二人は次元転送装置の実験台で、本当は24時間で戻ってくるはずだったのですが、機械が故障したせいで戻れなくなってしまいます。

 

 ところがアース66.9は文明の滅んだ世界。

 あたりは一面の廃墟で、あちこちに死体が散乱するありさま。

 コンバットはこの環境に適応、死体の肉を平気で食べるようになるものの、スピリドノフはどうしても抵抗感がなくならない。

 愛想を尽かしたのか、コンバットは戦友を置いて姿を消します。

 

 他方、この世界にはミュータント、つまり突然変異の怪物も出没する。

 死体を拾い集めては自分の隠れ家に持ち帰り、そこから緑色の液体を抽出して食糧にしているのです。

 廃墟をさまようスピリドノフは、くだんの隠れ家に迷い込むのですが、ミュータントに捕まり、記録映画を見るよう強制される。

 

 これによって、アース66.9がどうやって滅んだかが明かされます。

 この世界では1979年に第三次世界大戦が勃発したのです。

 戦争では「核生物兵器」が使用され、人類の大部分が死滅。

 生き残った人々も、核生物兵器のバクテリアによって突然変異を起こし、ミュータントとなったのでした。

 

 するとそこに、みずから突然変異を起こしたコンバットがやってくる!

 ミュータントを殺害したコンバットは、スピリドノフをある施設へと拉致します。

 施設にいたのはミュータントの医師。

 スピリドノフは手術によって、ミュータントへと改造されてしまうのです。

 それでも彼は施設から脱出しようとするのですが、脱走は許さんとばかりコンバットに襲われ、死闘のあげく殺される・・・

 

 世界の破滅を描いた作品にありがちな展開じゃないかって?

 筋立てだけを取れば、たしかにその通り。

 しかし『滅亡と絶望』という「うそ」には、現在の世界を理解する「ほんと」が多々散りばめられているのです。

次のページ「冷戦が終わらない世界」への回帰

KEYWORDS:

オススメ記事

佐藤 健志

さとう けんじ

評論家・作家

 1966年、東京生まれ。東京大学教養学部卒業。

 1989年、戯曲『ブロークン・ジャパニーズ』で、文化庁舞台芸術創作奨励特別賞を当時の最年少で受賞。1990年、最初の単行本となる小説『チングー・韓国の友人』(新潮社)を刊行した。

 1992年の『ゴジラとヤマトとぼくらの民主主義』(文藝春秋)より、作劇術の観点から時代や社会を分析する独自の評論活動を展開。これは21世紀に入り、政治、経済、歴史、思想、文化などの多角的な切り口を融合した、戦後日本、さらには近代日本の本質をめぐる体系的探求へと成熟する。

 主著に『感染の令和』(KKベストセラーズ)、『平和主義は貧困への道』(同)、『右の売国、左の亡国 2020sファイナルカット』(経営科学出版)、『バラバラ殺人の文明論』(PHP研究所)、『夢見られた近代』(NTT出版)、『本格保守宣言』(新潮新書)、『僕たちは戦後史を知らない』(祥伝社)など。共著に『新自由主義と脱成長をもうやめる』(東洋経済新報社)、『対論「炎上」日本のメカニズム』(文春新書)、『国家のツジツマ』(VNC)、訳書に『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』(PHP研究所)、『コモン・センス 完全版』(同)がある。『[新訳]フランス革命の省察 「保守主義の父」かく語りき』は2020年、文庫版としてリニューアルされた(PHP文庫。解説=中野剛志氏)。

 2019年いらい、経営科学出版でオンライン講座を制作・配信。『痛快! 戦後ニッポンの正体』全3巻、『佐藤健志のニッポン崩壊の研究』全3巻、『佐藤健志の2025ニッポン終焉 新自由主義と主権喪失からの脱却』全3巻を経て、最新シリーズ『経世済民の作劇術』に至る。2021年〜2022年には、オンライン読書会『READ INTO GOLD〜黄金の知的体験』も同社により開催された。

 

この著者の記事一覧

RELATED BOOKS -関連書籍-

平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路
平和主義は貧困への道 または対米従属の爽快な末路
  • 佐藤 健志
  • 2018.09.15
感染の令和: またはあらかじめ失われた日本へ
感染の令和: またはあらかじめ失われた日本へ
  • 佐藤健志
  • 2021.12.22
新自由主義と脱成長をもうやめる
新自由主義と脱成長をもうやめる
  • 中野 剛志
  • 2024.03.13